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アーティストとアートに関わる人




映画「ハーブ&ドロシー ふたりからの贈りもの」を観ました。ドキュメンタリーの第二弾だそうで、前作が結構評判良かったよう。


映画の主人公は老夫婦。公務員をしていた二人はアートが好きで、若いころから趣味で現代アート作品を収集してきた。条件は、給料で買える値段であることと、1LDKのアパートに収まるサイズであること。いつしか収集した作品数は2000点を越え、一点も売却することなくナショナル・ギャラリーに寄贈した。…というところまでが前作だったようです。(今調べた)

今作は、あまりに膨大な数でナショナル・ギャラリーでも収蔵することができない、しかも数年の間に作品数が倍に増えた…ということで、全米50州からひとつの州につきひとつの美術館で50館を選び、それぞれ50作品ずつ寄贈するプロジェクトが計画され、コレクションが散っていく様子と、ふたりのコレクションが終わる時を追った作品。

最初に言うべきこととして、ちょっと寝ました。淡々としたドキュメンタリーだから仕方ない…興味はあったのに頭がついて行かず、しばらくうとうとしていたので夢と映画が混じって中盤覚えてないです。
でも、現代アートにまつわるお話としても、夫婦の物語としても楽しめました。

美術作品のコレクターと言うとおカネが大きく絡んでくる感じがしますが、この二人は、CDだとか本だとか洋服だとか雑貨だとか、純粋に好きなものを所有したいという誰もが持つ欲の対象が現代アートだったという感じ。小さなアパートに数千点の作品なんて、聞いただけでは想像がつかないけど、特にお気に入りのものは壁一面に飾って、立体作品はそのまま天上に吊るしたりして飾り、その他の作品(大部分は紙の作品)は、本棚やベッドの下いっぱいに押し込められている状態。一方で、数点のお気に入り…もしくは画材の性質によって?は、布をかけて日焼けしないような配慮もしている。ただただ好きなものと生活しているというのが伝わってきた。

そうかと言って、アーティストにとってはベッド下に収納されたりするのは複雑な気分もするだろうが、この夫婦、特に自らも絵を書いていた夫のハーブは確かな審美眼を持っており、アーティスト達ととても仲が良さそうなのが印象的だった。現代アーティストなんてそうそう評価されないだろうから、収納方法がどうあれ、見つけてもらえる、購入してもらえるというのは嬉しいことなんだろうなぁ。
そういった世界からは縁遠いわたしからすると、作品を個人で購入するなんて勿体ない、まとめて美術館で観られるようにして欲しいとつい考えてしまうが、ドキュメンタリーの中で美術館の人も「美術館はコレクターの寄贈で成立する」「コレクションのコレクションが美術館」と言っていて納得した。購入資金を持つ美術館なんてごくわずかなようだ。

幾つか取り上げられていた作品も印象的だった。ひとつは正方形の絵で、ヴィヴィッドな青地に小さな丸と三角が緑色で描かれた作品。連作になっているが、丸と三角の場所が違うだけで、一枚一枚の印象は変わらないし、小中学生でも描ける類の作品。でも、連続で観ると、丸と三角が画の中を移動しているようだと解説されていて、確かにシンプルなのにリズミカルな素晴らしい作品に見えてくる。
違うものでは、薄い水彩絵の具を白い紙に適当に落としただけのような作品があった。これも連作で、落書きや試し書きのように見えるが、美しい色彩が花開いたようだと言われると、そう感じる。この作品は作者が実際に寄贈された美術館を訪れて、展示の仕方を指示している様子が取材されていた。横に並べて、目線の少し上に展示して欲しいとのことで、床から何メートル何センチの高さかまで指示していた。

逆に、異なる作者のある作品は、上下左右が決められておらず、展示する人に委ねるというのも面白かったし、もっと驚いたものでは、英単語を壁に描く作品で、指定された英単語を展示する側の人が自由に壁に描くことで完成するというものや、弟子のような画家を雇って、気に入った作品があると自分のサインを入れて発表するというアーティストも紹介されていた。
現代アートに限ったことではないけれど、作者が存命の場合は展示方法まで監修できるので、より”正しい”状態で観ることができることはとても嬉しい。逆に、描くこと自体から展示方法、解釈の仕方など、人に委ねることで完成したり、それも含めて作品であるというものも楽しい。

夫婦の物語としては、二人が信頼・尊敬し合っている様子に憧れました。現代的な、お互いに自立した夫婦関係にも憧れがあるけれど、二人でひとつの趣味をずっと続けていくというのは、ひとつの理想の夫婦像を見た感じがする。依存でも、独立でもなく、共に生きることに強力で明確な意味があるお二人。映画の最後もきれいでした。例えばこれが小説だったら、きれいにまとめてつまらないなと感じるだろう。人生のラストシーンをこんなに美しく飾れたら、と思う。この映画の後の生活がエンドロールになるか続編になるかはわからないけれど。



そして、その翌日に行ったのが国立新美術館で開催されていた「アーティスト・ファイル2013」。アーティスト・ファイルは、国内外の注目すべき作家を紹介する展示。国立新美術館で毎年開催されており、過去2回ほど行ったのかな、好きな企画です。

この企画の好きなところは、まず絵画や写真や立体、インスタレーションなどジャンルレスなところ、アーティストごとのブースが分けられており、個展のように落ち着いて観れること、各作家の分量が少なすぎず多すぎずなので、ある程度そのアーティストやアイデアを理解できること、現代の作家なので、本人立ち会いのもと展示されていることです。
それに、現代のアーティスト特有なものなのかどうか分かりませんが、コンセプトが面白いものが多いんだよね。技術的なことはわからなくても楽しめる。

今年は8名の展示でしたが、気に入ったのは、ヂョン・ヨンドゥ、國安孝昌、ダレン・アーモンド。


ヂョン・ヨンドゥは一番最初のブースだったのですが、まず派手な衣装を着た少女の後ろから美しい光の差す写真が目に入りました。
こどもの描いた絵を写真で再現するという作品群で、写真なのにファンタジック。野外で撮影されたもののほうがより違和感が素敵だった。
不思議な色遣いの服は手作りだし、小物なんかもいびつだから、例えば照明器具のようなものもサイズがバラバラなのを再現して作ってあるし、大人が見ただけでは何とは分からない物体もなるべく再現されているし。一枚の写真に掛けた時間が想像されるのも面白かった。

ヂョン・ヨンドゥは映像作品もあって、こちらも面白かった。画面の右側では、韓国人の老人が昔の印象的な記憶について語っている。5分前後かな。左側では、スタジオで作業服を着た人が何やら作業をしていて、植物や建物などセットを組み立てている。老人が話し終わる頃に、想い出のシーンがスタジオに再現されているというもの。こちらは写真とは逆に、現実の話を再現したセットがファンタジックで絵本の世界のようなのが面白い。それから、老人の話はインタビュー形式ではなく一方的に語る形で、ツッコミが入らないのが逆に批評的というか小馬鹿にしているような感じがするなと気付いて面白かった。話しぶりから自尊心や自己愛が伺えたり、話を誇張しているんだろうなと思ったり。



國安孝昌は、部屋に入った瞬間の威圧感、重量感がものすごくて圧倒された。陶のブロックと丸太が組まれた巨大な作品。部屋の中いっぱいに作られている異物感がおもしろい。前の部屋が白いシーツで制作された作品だったので、ギャップの大きさも良い効果になっていた。

ダレン・アーモンドの作品は、病床の祖母を見舞った際にインスピレーションを受けたというインスタレーション。穏やかな音楽の流れる暗い部屋で、ドレスアップしてダンスをする若い男女の足元を映し出す映像が浮かび上がり、その向かいにそれを眺める作者の祖母のまなざしの映像、周りには新婚旅行先の風車や噴水の映像が配置されている。インスタレーションなので説明では伝えづらいけど、永遠に踊り続ける男女が何とも切なく美しかった。想い出というのは楽しいものほど悲哀性も強くなる。まぁ、言葉にしてしまうと大したことでもないのだけど、五感で360°から感じると素晴らしい体験となるのだ。


同じくダレン・アーモンドの作品で、月の光だけを使って撮影された風景写真も美しかった。写真のことはよくわからないのだけど露光時間?を長くして撮るので、一部が滑らかにぼやけていて最初は絵画かと思った。光の感じも風景の輪郭も幻想的でした。

ということで、勝手に今年のキーワードは”現実の中のファンタジー”でした。他の作品でもそういう側面があったし。以前観に行った時も、トレンドというほどではないけど共通性を見出して楽しんでいたのだけど、忘れちゃったなぁ。

残念ながら4/1で終わってしまったのですが、会期は長めだし誰でも楽しめると思うので、来年開催された際は是非。おすすめです。



リンク

・『ハーブ&ドロシー  ふたりからの贈り物』
 http://www.herbanddorothy.com/jp/

・アーティスト・ファイル2013―現代の作家たち
 http://artistfile2013.nact.jp/

片桐仁と行く『アーティスト・ファイル2013』展
 http://www.cinra.net/column/artistfile2013/01.php