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エンドレス

サカナクション『エンドレス』



誰かを笑う人の後ろにもそれを笑う人
それをまた笑う人
と悲しむ人

という歌詞。
まさに、Twitterをやったり、YouTubeを見たり、ネット上のあらゆるところで感じてきたもやもや。
政治の話でも、震災の話でも、芸能人の話でも、音楽の話でも、ちょっと目立った意見を言うと、すぐにリアクションがもらえる時代。あとは、Twitter発言の炎上とかにも同じようなもやもやを感じる。ある発言を批判して、それをまた批判して、その批判の流れ自体を批判して、というのは、見ていてすごく気持ち悪いし、不毛だ。
逆に、ある意見が絶賛されすぎることや、賛同する様子がイイネ!ボタンやRT数で可視化されることで、個人の一意見が正しいかのように見えることも嫌い。
もちろん中には良いこともたくさんあるし、批判を代弁してもらえるとスッキリするっていうこともあるけど、でもふとくだらない流れの小さなところにこだわっていることに気付いて気持ち悪くなることがすごく多い。

そして、そういう不快感をTwitterに書いちゃいたくなることもあったけれど、書いた時点で自分もその批判の連鎖に加わってしまうのが厄介な所で。
それと同時に、「所詮ネット上の世界」でくだらないことにいちいち真面目に言及するなんてカッコ悪い、とも思うし。

そんな、「触れたら負け」な気がしていたこと、でも確実に感じていたことを、「現代らしさ」として一郎さんが曲にしてくれたことが、すごく嬉しかった。このことについて意見してどうこうって形ではなくて、
”後ろから僕はなんて言おう? 後ろから僕はなんて言われよう?”

”この指で僕は僕を差す その度にきっと足がすくむ”
と、感じていたそのままを、現代の風景としてそのまま曲にしてくれたことが、良いとか悪いとかの前に、嬉しく感じた。
しかも、『エンドレス』は制作に8ヶ月かかったという曲で、歌詞なんか78パターンも書いたそう。Twitterで歌詞をずっと悩んでいたことは知っていたし、そんな大切な曲に、日常の地味な気持ちがシンプルに歌われて、それにちゃんと共感できるというのはすごく意外なことで。リアルタイムで曲が聴けるってこういうことなんだなと思いました。

あと、最近一郎さんは「自分は芸能人じゃない、みんなと同じ」と発言していて、個人的には言いたいことはなんとなくわかるけれど、周りには「少なくとも一般人と同じではないよね」っていう意見もあって、それも確かにその通りだと思い。
例えばTwitterひとつ取っても、一郎さんのような著名人の使い方と普通の人のそれとは全然違っていて見えている景色も違うはずだし。あと、よくインタビューで話している「震災後、Twitterでミュージシャンが情報を流したりしている一方でカフェでは若い人がしていたのは恋愛や就職の話だった」っていうのも、Twitterの話題と人と直接会う時の話題は違うし、有名人が不特定多数に発言するのと友人ひとりに話すのは全然違うじゃん!と全然共感できなかったので、更に(笑)。
そういう感覚の差異が有名人だからなのか、多忙でメディアに触れる機会が少ないからかは分からないけど、「みんなと同じ」とは言えないんじゃないかなと疑問を感じていた中で、実は同じ感覚を味わっていたということが解って、同じ時代を生きる芸術家としての信頼が増しました。そして頼もしく思いました。


って、ダラダラ書いてしまいましたが、詞以外も素晴らしいんですよこの曲。
意味とか深く考えずに聴いても、切なさと哀しさと感動を感じられる。徐々に気持ちが高まっていく壮大さを持ちながらも、3:47とコンパクトにまとまっているところがいい。綺麗な曲だけど、間奏は混沌としていて不安定で、最初に聴いた時は「あ、一郎さんの耳鳴りだ…」と思いました。考えすぎかもしれないけど。
あと、『DocumentaLy』、すごくバランスが良くて名盤だと思うんですが、ほとんどが暗闇の中にいる印象の曲で、その中でポップだったりシリアスだったりバリエーションがあるんだけど、この『エンドレス』だけは聴く度に真っ白な光の中のイメージが浮かぶ。それをアルバムの中で浮いてると言うのか、この曲を中心に成立していると言うかは判断しかねているけど、どっちでもない気もする。笑

そして、MVね、『バッハの~』の流れを汲んだような、シリアスで不気味でちょっと可笑しくてっていう感じ。
曲のシリアスさや切なさや美しさをきちんと映像化しながら、2番のザキオカさんともっちがキャラクターみたいに可愛くて、私の中でコミカルなイメージが自然と加わって、曲のイメージが膨らませてもらえたのがすごく素敵だと思いました。
もうちょっと演奏シーンをしっかり映して欲しかった気持ちもあるけど、5人はあくまであのテントの中にいて、スクリーン越しでしか観られないところにすごく意図を感じたし。



・・・・というようなことを、曲の内容を汲んであえてYouTubeにコメントしたかったのですが、短文にできなかったのでこっちに書くことにしたらこの長さだよ。笑

最近気付いたんだけどサカナクションの凄さってとやかく言いたくなるところだよね。
私はサカナクションの音楽が大好きなことには間違いないけど、もっと完璧に近い曲を創っている人はたくさんいるだろうに、サカナクションはなんか隙があるから気になっちゃうんだと思う。私の好みがかっこよすぎるものよりちょっとダサいくらいがいいっていうのもあるけど。でも同じくらい好きなものよりも圧倒的に言葉にして語りたくなる。
でもきっと私だけじゃなく色んな人がこの曲のここが良いとか、今回良くないとか言いたくなるのは、一定のファンに100点の曲を届け続けるのではなくてファンが入れ替わってもいい覚悟で常に次の場所を目指していているからで、「サカナクションらしさ」の幅を広げているからで、痛いくらいに思想を持ってそれを発信しているからで。
そういうことが、新規リスナーを増やすことだけじゃなくて、ファンも追い続けたくなっちゃうんだろうな。

それも本人達は自覚的だしインタビューでもたぶん言っていたけど、今回のアルバムで更に実感している。TwitterUSTREAMが完全に浸透した2011年ということも大きいし、幅広い人に聴かれる知名度になってきたタイミングもあるし、新しいファンも昔からのファンも良いと言える丁度よいラインのアルバムになったということもあるし。
ここ2年ほど追いかけてきてその進化を見てきたけど、ひとつの到達点に来た気がする。そして同時にここからまたもう一段階ありそうな予感。